学校生活
トップページ > 学校生活 > 感話 > 感話一覧 > Y.J.さん(6年生)の感話 ー経験ー

感話

Y.J.さん(6年生)の感話 ー経験ー

2013/05/13

 みなさんはこれまで何回くらい新しい環境に飛び込んだことがありますか。私の場合は18年の人生の中で3回です。1回目は6歳でアメリカから日本に引っ越した時。2回目は5年前この恵泉に入学した時。3回目は一昨年の夏から一年間イタリアに留学した時です。1回目の日本への引っ越しは親の仕事の都合でした。2回目は校長先生が入学式の時におっしゃったように導かれて入ったとすれば、3回目こそ留学したいという自らの意志で新しい環境に飛び込んだ、初めての経験でした。それは本当に勇気のいる決断でした。
 では、なぜこのような決断をしたのか。それを話すには3年前にさかのぼらなければなりません。3年前に私の家族はカナダからの留学生のホストファミリーをすることになりました。私はそこで初めて留学というものを意識するようになりました。そして、その半年後に姉も高3のときにメキシコへ留学しました。留学をしてたくさんのことを学び大きく成長していったこの2人を見て、私も留学をしたいと強く思うようになりました。そして留学先をイタリアに決めました。この国にした一番の理由は、小学校の頃からイタリア料理が好きでシェフになりたいという夢があって、留学したら日本では食べられない本場の料理をいろいろ食べたいと思ったからです。しかし、留学する前の私の成績は決して良かったわけではありませんでした。海外に留学することは遊びではなく恵泉の代表として他の国に行くことになります。恵泉の先生たちは快く私を留学先に送ることを難しく感じたかもしれません。それでも、当時の担任の先生は私を信じて、背中を押してくれました。私が留学することができたのも私を信じてくれた先生方のおかげだと思います。そして、そのときから私はこの留学でたくさんのことを学んで生まれ変わろうと決心しました。
 イタリアに行って、学んだことは本当にたくさんありました。それを3つの話を通して皆さんに伝えたいと思います。まず初めに話したいのはイタリア語についてです。私が留学してから最初にぶつかった壁は、言葉によるコミュニケーションでした。日本で事前にイタリア語教室に通って2ヶ月ほどイタリア語を勉強したとはいえ、実際現地で話すとなるとちんぷんかんぷんでした。周りの人は親切に話しかけてくれるのに私はただ笑うことしかできませんでした。そんな自分がどんどん嫌になり、人と話すことさえ怖くなり、ひとりで部屋にいる時間が長くなっていきました。そんな私を部屋から引っ張りだしてイタリア語を一から教えてくれたのがホストマザーであり学校のクラスメイトでした。ホストマザーはたとえ仕事が忙しくても、図書館から簡単なイタリア語が書いてある本を借りてきて何回も私に読んでくれました。今から思えば言語を知らない私は、彼女にとって新しくできた赤ちゃんだったようです。友達は哲学やラテン語などの授業の時に先生が言った言葉をできる限りノートにまとめてそれをイタリア語から英語に訳してくれ、私はそれを日本語で理解し他のクラスメイトに遅れを取らないよう定期的にクラスメイトと勉強会を開きました。他にもクラスメイトは、私をいろんな学年の教室ばかりでなく学校の人がたくさん集まる喫茶店へ連れて行って、たくさん友達を作って誰かとコミュニケーションをとる機会を作ってくれました。それからは徐々にイタリア語が分かるようになっていつの間にか日常の会話で困ることはなくなっていました。この時、私は家族以外の他者から受ける愛というものを感じ、それと同時に初めは外から来た人を警戒するものの、好奇心旺盛ですぐにその人を受け入れるイタリア人を尊敬するようになりました。
 2つ目の話はホストファミリーとの関係、特に13歳のホストシスターとの関係のことです。彼女は私が来る前から私が家族の一員になることをいやがっていました。そのことは私が日本にいたときからメールのやり取りでホストマザーから聞いていたので実際に冷たい態度を取られてもさほど驚きませんでしたが、逆に、ホストシスターが事前にどういう子なのか聞いてきたせいで彼女を、私のことがあまり好きではない子という偏見を持ってしまったため、最初から彼女との関係はぎくしゃくしていました。家のどこにはさみがあるかも学校への行き方も知らなかった私に丁寧にいろんなことを教えてくれるホストファミリーを見て彼女は自分のことをかまってくれないと思ったのか、私と彼女との間の溝はどんどん深まるばかりでした。そのとき私は3年前にもこれと似たような経験をしたことを思い出したのです。先ほど話したように3年前カナダ人の留学生の女の子をホストした時、私も彼女に対して冷たい態度を取り彼女の心を傷つけてしまいました。冷たい態度がどれだけ人を傷つけるのか、それを知ったのは3年経って自分が同じことをされてからでした。そして留学中のイタリアから彼女にメールを送り彼女に心から謝り、今自分も同じ状況にいることを打ち明けました。彼女は私に「諦めちゃだめだよ。今は辛いかもしれないけど、きっといつか解決する時が来るからあなたはあなたなりのやり方で彼女と接すれば良いよ。今年は一回しかこないから時間を大切にね。」と言ってくれました。それからも何回もホストシスターとぶつかって、結局私がイタリアにいる間2人の関係は何も変わらずに終わってしまい、当時は何か胸が締め付けられるような悲しさを覚えました。しかし、帰国するときにホストファミリーからもらったフォトアルバムの最後に、いろいろな人からのメッセージとは別に2本のマルゲリータという花が寄り添うように描かれている1枚のカードが入っていました。中をあけてみると、ホストシスターから「私はまだ幼くて、あなたを自分の姉として受け入れることが難しくて今まで冷たい態度をとってきました。ごめんなさい。いつか私が大きくなったときには今の考えは変わってきっとこのカードの絵ように私たちの心も寄り添っているはずです。」とのメッセージが書いてありました。この時私は自分を信じてやってみれば最後には必ず何かを得ることができ、やらなければ後悔しかしないのだと感じました。
 最後に話したいのは、私がイタリアに来て数ヶ月経った頃、私の日本の祖父が亡くなったことです。この知らせを聞いてすぐに祖父の顔が思い浮かびました。留学前、祖父に病室で私が「また来年会おうね。1年なんてすぐなのだから。」と言った時祖父がどこか悲しそうな顔をしました。初めて身内を亡くした私は、毎日ネガティブなことしか考えられなくなり、また部屋に閉じこもる生活をしそうになっていました。そんな時、一番仲良くしていた友達が私に「私が悩んでいた時助けてくれたのはあなたの笑顔だ。まだ言葉で通じ合うことはできていないけど、あなたの笑顔で私は幸せな気持ちになれる。あなたが笑わなくなるなんて、あなたをなくしたのも同然だよ。今度は私が笑顔であなたを助ける番だ。」と言いました。それから私はたくさんの笑顔に救われました。自分が笑うことで周りが明るくなるだけではなく、自分にもそれは良い影響となるのだということに気付きました。
 イタリアでの一年間は決して楽しいだけではなく、辛く悲しいことの方が多かった気がします。しかし、私は辛い経験の方からたくさんのことを学んだように感じます。イタリア語が話せるようになっただけではなく、自分の内面も成長させることができたと思います。私はイタリアにとどまらず、もっともっといろんな世界を知りたいと思うようになりました。イタリア料理のシェフになることがきっかけでしたが、夢はさらに広がってもっとやりたいことが具体的に見つかりそうです。人生を左右する大きな決断。まだの人もいつか必ずなにかを決めなければならない時が来るはずです。もしくはもう決断した人もいるかもしれません。もし今自分の行こうとしている道になかなか初めの一歩が出せなくて悩んでいる人がいたら、自分を信じて進んでください。その一歩が必ず自分にとってプラスになるはずです。留学から帰って10ヶ月がたちました。私はもう一度自分を信じて、他国の文化やその国の国民性などを学ぶことができる大学に進学し、この経験を育てていきたいです。