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校長ブログ

合唱コンクール開会礼拝「石が叫ぶ前に」

2015/09/24
コルチカム

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 合唱コンクール開会礼拝    2015/09/18

讃美歌 452
諳誦聖句 詩篇23篇 文語体
聖書 ルカによる福音書19章28節〜44節
お話 石が叫ぶ前に
黙祷

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  エリコの町からエルサレムに入るためには、エルサレム丘陵を上って行きます。ベトファゲからエルサレムまでは、地図で見ると数百メートルの道のりです。
 イエス様は、この距離をろばの子に乗ってエルサレムに入って行きました。大の大人が小さなろばの子に乗っている姿は、滑稽であったに違いありません。
なぜ、ろばの子に乗ったのでしょうか。
 旧約聖書のゼカリヤ書9章9,10節にはこのように書かれています。

      娘シオンよ、大いに踊れ。
   娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。
   見よ、あなたの王が来る。
   彼は神に従い、勝利を与えられた者
   高ぶることなく、ろばに乗って来る
   雌ろばの子であるろばに乗って。
   わたしはエフライムから戦車を
   エルサレムから軍馬を絶つ。
   戦いの弓は絶たれ
   諸国の民に平和が告げられる。

 イエス様は、柔和の象徴であるろばにのったのです。しかもこどものろばです。当時の戦いは、馬が引いた馬車(戦車)や軍馬が最強の兵器でした。それに比べて、ろばは戦いでは使い物にならない存在です。ましてやろばの子は、無力そのものです。しかし、イエス様はろばの子に乗って、エルサレムへと入場しました。
 イエス様は、山の上の教えで、このように言われました。マタイによる福音書5章9節です。

   平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
   彼らは神の子と呼ばれるであろう。

  イエス様は、平和をつくるために来られました。戦車や軍馬を絶つためです。平和は、武力では決してつくることのできないものです。昨日9月17日に参議院の特別委員会で安全保障法案が可決されました。参議院で可決される見通しです。武力で平和を積極的につくり出す。そのようなことは、本当に可能なのでしょうか。みなさんはどう思い、どう考えますか。
 詩篇20篇8,9節にはこのような御言葉もあります。

   戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが
   我らは、我らの神、主の御名を唱える。
   彼らは力を失って倒れるが
   我らは力に満ちて立ち上がる。

  イエス様がオリーブ山の麓に差し掛かったとき、人々は口々に神様を賛美しました。それが気に食わないファリサイ派の人々は、人々の賛美を止めさせようとしました。それに答えてイエス様は答えます。
「この人たちが黙れば、石が叫ぶ」と。
口のない石、声を持たない道ばたの石が、民衆にかわって神様を賛美するだろう、と。
 今日の合唱コンクールの課題曲「球根の中には」の2番の前半は、このような歌詞になっています。

  沈黙はやがて、歌に変えられ、
  深い闇の中 夜明け近づく。

  今は、平和の日本、このようなすばらしい会場が与えられ、合唱コンクールが始まろうとしています。クラスのみんなが練習に練習を重ね、神様を賛美する課題曲と自由曲を歌います。みなさんの歌声をホールいっぱいに響かせてください。
 石が代わって叫ぶ前に、誰だって、あなた方の美しい賛美の声を聴きたいのですから。