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73年前のエピソード

2018/10/26

                                                                        

 

  10月25日(木)、92歳になる春子さんがカナダより来校されました。73年前の河井先生との出会いと信仰を持った修養会の話、河井先生がお掃除を手伝ってくださった話などの会話に花が咲きました。変わらない学園の様子に喜ばれて帰られました。

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  高等部の二年生は陸軍燃料廠に徴用された。ここでは空威張りする青年将校が生徒たちの監督に当たった。春子という良識のある、頭の良い少女は無教養な、粗暴な青年将校付きとなって、お手伝いよろしくこき使われるのに反発を感じた。この将校はしょっちゅう、お茶を入れろと命じ、汚れたゲートルを巻かせ、使い古した弁当箱に入っている昼食の暖め方が不十分だとか、熱すぎるとか、ことごとに文句を言った。そればかりではなかった。この将校はやたらと煙草をふかしては吸い殻を所かまわずポイポイ捨てた。春子は、こんなしょうもない男のつまらない用事を果たすために時間と能力を浪費するのかと憤慨していた。一日も我慢できないと思ったのだが、あいにく陸軍の規則によると、徴用者は用ずみになるまで職場に留まらなければならなかった。

 ところがある日、春子は何かうれしいことでもあったような、輝かしい表情で私の所にやってきた。「何かあったの、春子さん?結婚でもするんですか?」と当然ながら、私はきいた。「ええ、わたし、仕事と結婚したんです」と彼女は答えた。「いったい、どういうこと?」
 春子は私の問いに直接答えずに言った。「先生、私、一か月前に先生に、今の仕事は大嫌いだし、担当の部屋の将校もいやでたまらないと申しましたよね。辞職するか、逃げ出して罰せられるか―この仕事に留まるよりは罰せられる方がまだましなくらいだと思っていたんですけれど、でもふっと聖書の言葉を思い出したんです―『準り縄はわがために楽しき地に落ちたり』という。先生があの聖句についてクラスで教えてくださったことが頭に浮かびました。私に与えられた仕事は、私の傲慢さと虚栄心を矯正し、私を謙遜に、従順にさせるために最もよい勉強だったのです。今では私の部屋は私の教室です。たとえ昇進させてあげようと言われても、私は今の職場から移ろうとは思いません」。
「でもあなたは、つまらない仕事にうんざりしていたのではなかったの?」
私の質問にあいかわらず直接に答えることはしないで、彼女は続けた。
「だから『わが心は喜び、わが魂はおどる』のです。聖書って、ほんとうにすばらしいですね!いったん、そう思いついたらうれしくてたまらくなって。誰もしたがらない、どんなにいやしい仕事でも、今の私はやる気十分です。私は今ではほかの誰よりもお茶をおいしく入れようと努力していますし、ゲートルもきっちり巻いてあげるようになりました。靴は鏡のようにピカピカにみがき、お弁当の暖め方も文句のつけようがないようにし、部屋もきれいに掃き清め、丁寧にはたきを掛けています。花が手に入れば竹の一輪挿しに飾ります。どんなに不愉快な命令を出されても、笑顔でするようになりました。そうしているうちに、あの将校の私に対する態度が前より礼儀正しくなってきたのです。近ごろでは同僚を部屋に呼んで、きちんとしていることを自慢するようにさえなってきました」。

 燃料廠における徴用期間が終わったとき、私たちの生徒の監督に当たっていた将校は彼女たちの忠実な仕事ぶりを賞賛し、とくに春子の担当の部屋がきちんと整頓されていて居心地がよく、疲れたときにくつろぐことができたことを取り上げて賞賛した。彼はさらに、どんな仕事に従事しているときでも、春子が身についている品位によって自然のうちにすべての者の尊敬を集めたとも付け加えたのであった。

 

河井道著「スライディング・ドア」73,74ページより。

聖書箇所 旧約聖書 詩篇16章6節