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中学校第71回卒業式 式のことば(2018/03/15)

2018/03/17

聖書 1コリント人への手紙 10章13節

あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。
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 卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。ここに、恵泉女学園中学校第71回の卒業式を行うことができることを学園の主イエス・キリストに感謝いたします。また、保護者の皆様には、心よりお祝い申し上げます。保護者の方々は、3年前の4月の入学式を思い出されているかもしれません。3年間でこのように心身共に大きく成長なさいました。そして、お嬢様がお生まれになってから15年間、永きにわたりお育てになったお嬢様の姿を、ご覧になり感慨無量なことと思います。

 あなたは、自分が大きく成長したことを、感じていますか。ここにいるあなたは、自分の力のみによって成長できたのではないのです。あなたの成長は、家族の支え、友人の助けがあり、先生方の励ましの中で守られ、育まれていたのです。あなたを応援して下さった方々へ感謝しましょう。今日、卒業を祝いご列席くださっているお父さん、お母さんに、まず感謝しましょう。背後に全てを治めている、愛の神様がおられる事にも感謝しましょう。

 先ほどの卒業生全員での英詩暗誦は、見事でした。旧約聖書の詩編23篇でした。とても有名な聖書箇所です。これ一つとっても、あなたがたの成長がはっきりわかります。キングジェームス版(KJV)のPsalm23は、荘厳で格調高い文体で知られています。若い時に、あなた方の記憶に刻まれた聖書の御言葉は、忘れることのない一生の宝物となるでしょう。それは、人生のあらゆる場面で、あなたが神様から、いかに愛されているかを思い起こさせてくれます。

日本語の新共同訳聖書では、このようになっています。
:1 主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
:2 主はわたしを青草の原に休ませ/憩いの水のほとりに伴い
:3 魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく/わたしを正しい道に導かれる。
:4 死の陰の谷を行くときも/わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖/それがわたしを力づける。
:5 わたしを苦しめる者を前にしても/あなたはわたしに食卓を整えてくださる。わたしの頭に香油を注ぎ/わたしの杯を溢れさせてくださる。
:6 命のある限り/恵みと慈しみはいつもわたしを追う。主の家にわたしは帰り/生涯、そこにとどまるであろう。

 羊とは、弱い私たちのことです。羊は、臆病ですから、自分たちをオオカミやライオンから守り、青草や水という生きるために必要な食べ物のある場所に導く羊飼いが必要です。“良い羊飼い”とはイエス様のことです。主イエス・キリストに従う人生の恵みと心の平安について褒め称えているのです。イエス様がそばにいれば、私は何もいらない、と言い切ります。

 司会者に読んでいただいた、今日の聖書箇所の後ろの15節には、このように書かれています。
「わたしはあなたがたを分別ある者と考えて話します。わたしの言うことを自分で判断しなさい。」
「分別のある」を別の日本語訳では、「賢い人たち」となっています。KJV英語では、“wise men”です。みなさんなら、もちろん”wise girls”ですね。私も、分別のある人を前にして少し緊張します。
 いろいろな卒業があります。卒業は、節目です。中学校の卒業は、もしかしたら一番大きな節目ではないかと思います。それは、義務教育を終えたというたいへん大きな意味があるからです。
 中学時代は思春期前期と一般に呼ばれます。この時期は、あなたにとって揺れ動く変化の大きな3年間だったと思います。
 理想の自分を夢に描きながら、そのような自分になれない、そんなもどかしさを感じたり、無力な現実の自分を知って、自己嫌悪に陥ったりしませんでしたか。また、親や先生をも含め大人に対する不信感や反抗心も出てきました。大切にしたいと思っていた友達との辛いトラブルもあったでしょう。勉強する意味や意義が見つけられず、勉強に無関心になったり、勉強を嫌いになったりすることもあったでしょう。世の中の常識と言われるものに対しても疑問や不満があったことと思います。
 でもそれは、すべて成長に必要な事だったのです。あなたがた196名は、目には見えないけれども大きな殻を破って、最後の義務教育である中学校の課程を終了し、今ここ恵泉女学園中学校から卒業していきます。
また、10章17節に、こう書かれています。
「パンは一つだから、わたしたちは大勢でも一つの体です。皆が一つのパンを分けて食べるからです。」
 あなたがたは、3年間、一つのパンを食べていたのです。恵泉女学園というパンです。(学園の主は、イエス・キリストですから、そのような表現も許されるでしょう。)
 恵泉女学園というパンは、あるときには甘く、あるときには苦く、あるときには美味しく、あるときには、口にあわないということもあったでしょう。パンが人の命を維持するために、不可欠であるように、恵泉での生活も、あなた方にとって無くてはならないものであったはずです。毎日みんなで、一つのパンを食べてきたのです。それによって、成長してきたのです。パンは、命を養います。

 命の最小単位である細胞は、人の体に37兆個あると言われています。一つずつつなげることができれば、地球を8回、回るほどの長さになるそうです。さらに、細胞は人が成長するために、全細胞が1年ですべて入れ替わることがわかっています。1日で、1000億個の細胞が入れ替わってます。1秒で、12万個の細胞が入れ替わっています。急激な変化が絶えず起こっているのです。あなたがたは、細胞レベルでは3回も中学入学から全取っかえされて、今いるのです。

 今年も清里のキープ自然学校から素敵なものが届きました。2トンの堆肥です。2年生のとき自然学校で、牛舎掃除をしました。牛の排泄物がわらにまみれて、床いっぱいになっていたことと思います。はじめは、黄土色の物体に戸惑いながらスコップでイヤイヤかきだしていた事と思います。でも、若いってすごいですね。慣れてくると、みんなは汚れも気にせず作業に励んでいたそうです。孤輪車の操れる女子中学生は、そんなにたくさんいないでしょう。みんなの努力で、牛舎はきれいになりました。それに加えて、あの時の牛の排泄物が、畑の良質な堆肥となって戻ってくるのです。牛糞は、長い時間をかけて、微生物によって醗酵して、土壌を改良する有機肥料となります。畑にまかれ、春には様々な花が咲く、下支えとなります。一見不要に思えるものでも、神様の力が働くと、全く別の良いものに変化するのです。
 これからさらに恵泉女学園で学ぼうとする人たち、あるいは環境を変えて他の場所で学ぼうとしている人たちもいます。

 今日の御言葉を忘れないでください。生きることは変化の連続です。そして、あなた方は、試練によって時間をかけて、更によいものに変えられていくのです。
 これからの21世紀は、予測困難な世紀と言われています。あらゆる場面であなた方は、試練を受けるでしょう。厳しく、辛く、あるいは受け入れがたい状況にあっても、神様はそれに耐えられるだけの力をあなたに必ず備えてくださいます。
 「試練とともに、逃れの道をも備えて」とありますが、必ずしも試練から助け出してくださるというのではありません。むしろ試練に耐えて、それに打ち勝つ力を与えてくださる、ということです。
イエス様は、私の羊飼いなのです。私が試練の中を通ることによって、私は成長していくのです。たとえ死の影の谷を通ることがあっても、です。イエス様が側におられるからです。
 後になると、あのことが自分を成長させるために神様が、わざわざ置いた試練だとわかります。試練の中を通ることによって、私たちは、目を開かれます。ここに、本当の成長があります。

暗闇が光に変わることを見ます。
憎しみが愛に変わることを見ます。
死が命にかわることを見ます。

みなさん、御卒業おめでとうございました。