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感話

A.S.さん(5年生)の感話 ー第2回被災地訪問報告 1日目ー

2013/05/02

 昨年度の3月28日から30日までの3日間、第2回被災地訪問に行ってきました。この訪問では、昨年の6月にも訪れた宮城県南三陸町を訪れました。今日の礼拝では、この訪問を通して感じたことを素直にお伝えしたいと思います。私たちが訪問した時点で、東日本大震災から2年が過ぎていた、ということを頭において話を聞いてください。私は今回が二回目の訪問だったので、前回との違いを含めながらお話しします。
 1日目は主に、南三陸町の沿岸部の見学をしました。東京駅から新幹線とバスを乗り継いで、南三陸町を目指しました。現地に着いた時、バスから見える景色は、半年前の訪問の時とほとんど変わっていませんでした。がれきは片付けられていたので道はきれいに整備されていましたが、そこに以前は街が広がっていたとはとても考えられない程、ほとんどなにもない。目に前には、そんな光景が広がっていました。しかし南三陸町に入ってすぐには、第一回目の訪問の時に感じた、身を貫くようなショックを思いだすことができませんでした。時間が経つと、前回の訪問時とは少し変わった点があることに気がつきました。
前回はまだ多く残っていた、津波の爪痕が残る大きな建物が、今回は少なくなっていました。そして以前はほとんど残っていた、住宅の基礎の部分がなくなっていました。ふと顔をあげると、前回の訪問ではあまり目につかなかった、まるで今までずっと野原だったかのような景色が目の前の大半を占めていました。
 さて、この日、第一回訪問の記憶があまり鮮明ではなかった私ですが、大川小学校を訪れたとき、初めてすべてがフラッシュバックしました。大川小学校とは、多くの児童と教職員が津波の犠牲になった場所です。この小学校は前回訪れた時と変わっていませんでした。だからでしょうか。今回初めて訪問した友達がこの場で感じたことは、私が初めてこの場に来た時に感じたことと同じでした。校庭だったところには、野球ボールや畳の切れ端など、本来はあるはずのない、生活用品が埋まっていました。前回と同じ場所に立ち、同じ景色を見、同じ方向から吹いてくる風を受けているうちに、色々なお話や話してくださった方の顔が、鮮明に思い出されたのです。そして前回はただただ茫然としているしかなかった私ですが、今回は「私が伝えていかなければならない」という使命感を感じました。それは時間が経ったことで、自分の中でだんだん、現実を受け入れられるようになったからだと思います。
 1日の最後、宿舎に戻る前に田束山(たつがねさん)に登って南三陸町と太平洋を眺めました。その時、ひときわ大きく目立っていた建物は、がれきを片付けるために作られたプラントでした。このプラントでは、がれきを手作業で選別すること、また焼却や土壌から塩分を取り除く作業などが行われています。
みなさんは、復興とは、どのような形だと思いますか。テレビやラジオからの情報だけでは、プラントが建てられたという言葉だけでしか感じられないでしょう。そしてそれは、一歩ずつ前に進んでいるという、ただの良いニュースに聞こえるかもしれません。しかし現地に行ってみると、この、復興の象徴であるかのようなプラントは、震災前は家が立ち並んでいた、まさにその場所に建っているということが分かります。復興とは、単に前の生活に戻ることではないのです。震災を経験し、乗り越えようと必死にもがき、でもその中で現実を突き付けられて、新しい生き方や生活を模索している人が今この瞬間にもたくさんいる。復興という言葉と真剣に向き合っている人たちがたくさんいる。プラントというたった一つの建物を目にした時に、そんなことを実感したのでした。
 一日の最後には、皆で考えたことを共有する、分かち合いの時間を持ちました。震災から時間が経ち、被害を受けた建物の解体が進んでいます。ですから、実際に私たちが現地に足を運ぶことは、無意味に思えるかもしれません。しかし現地に行って肌で感じることで分かることはたくさんあります。日常生活では自分たちのことを考えるだけで精一杯になってしまいがちな私たちが、恵泉の生徒として、これから継続的な支援を続けて行く上で必要こと。それは機会があれば現地に行って、今の状況を感じ、地元の方と話すこと。現地に行った人たちが、きちんと伝えていくこと。そして行けないとしても、自ら何ができるかを考え、見つけて行動していくことなのだ、と強く感じた一日目でした。