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創立者 河井 道
(1877-1953)
恵泉女学園は、一人のキリスト教信徒、河井道によって1929年に設立されました。河井道は、北海道のスミス女学校に学び、当時札幌農学校で教鞭をとっていた新渡戸稲造の教えを受け、夫妻の勧めで米国のブリンマー大学に留学しました。帰国後日本YWCAの創設に尽力して最初の日本人総幹事となり、国際的にも活躍した女性です。第一次世界大戦後の世界で、未来に深い憂いを抱く女性達との国際的連帯の中で、世界の平和を願って河井道は新しい学校の創設を決意しました。

 河井道は自叙伝である『わたしのランターン』で次のように述べています。

「わたしの学校!それはどういう種類であるべきだろう。・・・・・戦争は婦人が世界情勢に関心を持つまでは決してやまないであろう。それなら、若い人たちから―それも、少女たちから始めることである。・・・・・キリスト教が第一に自己を尊重することを教えるとすれば、第二には、人種や階級に関わりなく他の人を尊敬することを教える。なぜならすべての人間は神の子どもだからである。それからまた園芸はどうであろうか。・・・・・こうしてわたしの頭の中には、普通のカリキュラムに、キリスト教と園芸及び国際というような新しい科目を加えた高等女学校の構想がだんだんと形を成してきた。」

しおり

 

わずか9名の生徒で始まった恵泉女学園の歩みは、その後力強さをまして、中学校、高等学校、園芸短期大学、大学、大学院からなる学生生徒3,000名の学園にまで成長しました。創立以来、現在に至るまで、「聖書」「国際」「園芸」の三つを柱とした創立の精神は色あせる ことなく、教育のすみずみに反映されています。

ランターン 2005年には園芸短期大学と大学とを発展的に統合いたしました。また、中学・高等学校では1999年度から、六年一貫教育を実施しています。キャンパスは世田谷と多摩に分かれていても、中等教育と高等教育の両部門は深く連繋しあい、一つの学園として、形は今の時代に相応しく変えられるにせよ、創立者河井道の掲げた学灯をしっかりと受け継いできています。
創立以来受け継がれてきた
ランターン(学燈)