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校長ブログ

高等学校第69回卒業式

2017/03/15

2016年度 第69回高等学校卒業式
讃美歌 494
旧約聖書 士師記 6章11節から18節
新約聖書 コリントの信徒の手紙一 13章13節
お話 「あなたのその力をもって行くがよい」
———————————————————————————————————————————————————     卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。今日ここに第69回高等学校卒業式を執り行うことができますことを私たちの信じる神様であるイエス・キリストに感謝致します。また、保護者の皆様には、心よりお祝い申し上げます。そして、御来賓の方々、お祝いのこの会場にご列席くださり、巣立っていく187名の卒業の証人となって下さりありがとうございます。

 6年前の2011年、中学入試の面接で初めてお会いした少女が、このように立派に凛々しく成長した姿を目の当たりにして、感無量です。187名を私は、“いー花(187)卒業生”と自分の中で呼んでいます。
 中学入学式の1ヶ月前、3月11日に東日本大震災がありました。その出来事から私たちは、多くのことを知りました。もはや私たちは一人で生活するのではなく隣人の痛みを感じ、共に生きていくことの大切さを学びました。

 しかし、最近では、目を外に向ければイギリスのEUからの離脱があり、大統領が変わったアメリカは、トランプ現象という自国中心主義になりつつあります。日本の周りの国々も自分の国を中心とした価値観を主張し合っています。戦後71年を迎えた日本は、「戦争ができる」憲法改正への勢いに歯止めがかかっていません。様々な国々で、自国の利益を優先するという政策が、地球全体から物事を考えるというより高い理想を駆逐しているように思えます。グローバル化は、経済的な視点だけが突出し、少数の国が、世界の多くの富を独占し、差別・貧困・抑圧が世界を覆う状況にあります。

 このような時代をあなた方187名は、生きて行かなければなりません。創立者の河井道先生の「広く世界に向かって、心の開かれた女性を育て、世界に平和をつくりだす」という祈りは、ますます大切な、そして必要な祈りとなってきています。あなた方一人ひとりの神様から与えられた使命の大きさを改めて感じます。

 しかし、私はそれほど心配はしていません。あなた方は、恵泉生活を通して学びと共に、生きる力を身に付けてきたからです。生きる力とは、神様を畏れ、隣人を愛し、いのちの尊さを知り、その中から自分にしかできない使命を見つけ、目標に向かって歩み出すエネルギーです。
 昨年の夏、6年生の修養会がありました。テーマは器でした。一人ひとりの個性を器に例え、器の大きさや形、中身について二泊三日、時間をかけて友と話し合いました。

 ここに、湯呑みがあります。恵泉の世田谷キャンパスは、2000年に新校舎の建築を行いました。そのとき、掘り起こした世田谷の土から作ったのがこの器です。世界に2個しかありません。
器を人に例えると、神様は陶器師であるという御言葉を思い出します。
旧約聖書イザヤ書67章7節に、このように書かれているからです。
「主よ、あなたはわたしたちの父。わたしたちは粘土、あなたは陶器師のようだ。あなたがわたしたちを造られた。」(私訳)

 器を作る工程は、 神様が私たちを神様の器にする方法と同じように思われます。
初めに、陶器師は山奥に入り、谷底におり、自分の器のイメージに相応しい良い土を探し求めます。そして、目にかなった土塊(つちくれ)を見つけると喜び勇んでそれを家に持ち帰ります。
中学校入学式で、読まれた御言葉を覚えていますか。
あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。」(ヨハネによる福音書 15:16)でした。

 陶器師は、掘り出した土を洗います。土が含む不純物を取り除くのです。こうして土塊は、より純度の高い土になります。陶器師は土を練ります。陶器師の手に馴染みやすい土にするためです。
 恵泉生活の中で、辛かったこと、悲しかったことはなかったでしょうか。クラスでの人間関係に悩んだり、クラブでの自分の存在感に意気消沈したり、親子関係の軋轢に絶望したり、、、。それらは、すべてあなたを神様の器とするために、あなたが練られるために必要な経験だったことがわかります。

 まだ、土の試練は続きます。陶器師はその土を自分の思い描いている器の形に形作ります。ロクロで回し、いらない土をへらで削り取ります。
 自分の思い通りに物事が進まなかったときは、とても苦しいです。自分の願う道が閉ざされたときは、とても悲しいです。
 第一志望の大学に進学できなかった。自分は不本意な進学になってしまった。受験生にとっては、大問題でしょう。しかし、神様は、あなたにとって、不必要な部分は、削り取ります。あなたにはもっとあなたに相応しい形があると、神様が思われ、手を入れられたのです。
あなたにとって、あなたが4月から学ぶ進学先が、神様の第一志望なのです。

 こういう私も、自分の高校の卒業式には、どこにも決まっていませんでした。進学準備をする卒業生も安心してください。それがあなたに備えられた最善の道なのです。

 形作られた土は、太陽のもとで乾かされます。水気を取る作業です。少しでも水気があると焼くときにヒビが入り、時には壊れてしまいます。待つという時間の大切さを器は、知ります。そして、器に色をつけます。下地を塗り、釉薬(ゆうやく)を塗り、絵柄を付けます。人とは異なる、あなただけのあなたしかない個性が彩(いろど)られるのです。

 そして、陶器師はこの器を窯(かま)で焼くのです。この作業で、かつて地中に眠っていた「土塊」は陶器師の目にかなった陶器になります。
土は、窯(かま)の中で、数日間高温で焼かれます。土にとってみれば、一番つらい経験かも知れません。
 黒い塊(かたまり)は、赤くなるまで加熱され、やがて白くなります。火が消えて窯から出された器は、白い灰に覆われています。陶器師がそれに、ふっと息をかけると白い灰が吹き飛ばされ、初めて鮮やかな色をした陶器が現れるのです。器の完成です。

 ローマの信徒への手紙5章3節から5節にはこのように書かれています。
「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。」

 今日の卒業式では、聖書の言葉を二つ選びました。一つ目は、旧約聖書の士師記です。
 士師は、イスラエルの民が約束の地カナンに入いり、まだ王がいない時代に、王の代わりにイスラエルを治めたリーダーたちです。今日取り上げる人物は、士師のひとりであるギデオンです。
 偶像礼拝を行うミディアン人が侵略してきました。偶像礼拝とは、神様以外のものに神様以上の価値を見出すことです。イスラエルの富を略奪し、土地を荒らしました。神様は、イスラエルを助けるために一人の者を立てようとします。それが、ギデオンです。聖書を少し前から読むと、ギデオンは、神様からの召しがあったとき、酒船の中で小麦を打っていました(11節)。ギデオンは、「神様の驚くべき御業」を期待しながら、現実はミディアン人を恐れて、酒船に身を隠しながら仕事をしていたのです。ギデオンの名は、「強力な戦士」という意味です。しかし、その意味とは、かけ離れた臆病で自分に自信のない人間でした。そこに主の御使いが現れて
12節「勇者よ、主はあなたと共におられます。」
と声をかけます。
14節「主は彼の方を向いて言われた。あなたのその力をもって行くがよい。あなたはイスラエルを、ミディアン人の手から救い出すことができる。わたしがあなたを遣わすのではないか。

 初めギデオンが率いる民は3万2千人でした。これを見て神様は、多すぎるといわれました。大軍での勝利は、自分たちの強さを誇り、その心はおごってしまうからです。1万2千人を帰らせました。それでも神様は、多いと言うのです。その中から、神様は300人の精鋭を選びました。初めの人数の百分の一になりました。イスラエルの民は、夜の闇に紛れて全員が角笛と松明(たいまつ)を入れた空の水瓶を持ち戦いました。人々は角笛を鳴らし、敵陣で水瓶を砕きました。松明の火は、煌々(こうこう)と周りを照らしたのでした。これがミディアン人たちの同士討ちを誘い、結果は、イスラエルの勝利となりました。

 士師記のギデオンの話は、旧約聖書にある昔話では決してありません。偶像礼拝を行うミディアン人は、私たちの心に宿る偶像です。社会的な名誉、地位、学歴、金銭を神様より大切にすれば、偶像です。そして、それらは自己中心という自分自身が、偶像となるところから生じます。「私は、素晴らしい人間です。私の為すことをみてください。その栄光は私に、ふさわしいのです。それは、私がしたことです。」
 一人称には、自分を一番としてしまう罪があります。自分の器を自慢するのではなく、私を器として造ってくださった神様が第一にほめたたえられるべきです。神様にこそ、栄光を帰すべきなのです。

 このギデオンの勝利は、神様を信じる者の信仰の有り様を示しています。勝利は、物の数の多さや力の大きさで与えられる結果ではなく、神様の御旨をどれだけ忠実に従ったかで与えられるのです。それは、一人ひとりが自分の使命を知り、それに感謝し、行うことです。物事の現在の勢いでもなく、自分の能力でもなく、神のご計画を知り、神様の主権に従順に従う結果として、神様は「驚くべき御業」を見せて下さるのです。

 87年前に恵泉女学園を建てられた河井道先生の信仰もそうでした。1929年学園創立の時には、世界恐慌による資金難、恩師新渡戸稲造の反対がありました。それでも、河井先生は神様から与えられた御自身の使命を信じ、与えられた力だけで、祈りによって恵泉女学園をお建てになりました。

 打ち砕いた壺は、私たちに、自分の器を打ち砕く必要がくることを教えてくれます。松明の光は、打ち砕かれた後に宿るイエス様の光です。器が壊れて、イエス様ご自身があなたの光となって現れるのです。一人ひとりの心のうちに宿ってくださっているイエス様によって、その人は明るく輝くことができるのです。それは、恵泉で与えられたあなたの光です。あなたを通して主の栄光が表われるのです。「汝の光を輝かせ」は、河井先生が卒業に贈ったはなむけの言葉です。

 今日の式次第に書かれている2番目の聖書箇所をご覧ください。
 新約聖書のコリントの手紙一13章13節です。
「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」
校歌の歌詞にも引用されています。3節「信仰まといて勇ましき」、2節「希望ゆくてに輝ける」そして1節「愛の泉と湧きいでし」
 あなた方は、恵泉で得たもの、神様に対する信仰と、神様にある希望と神様の愛を、あなた自身の器に秘め、「あなたはその力をもって行く」のです。
「今あなたの持っているその力でいいのだ。余計なものは何もいらない。お前を使わすのは、主なる神、私なのだから。」という、神様の約束に支えられて。